「FSUN憲章」の制定について

「FSUN憲章」の制定について 1999年 国連支援交流財団発行

国連支援交流財団・常任顧問 渡部 一郎

「国連支援交流財団」(The Foundation for the Support of the United Nations = FSUN) は、何のために存在するのか。10年間にわたる実践と論議の試行錯誤の末、わが「国連支援交流財団」の「行動綱領」として「FSUN憲章」を制定したいと存じます。

1  We, the Peoples

第1に、"We, the peoples" という言葉があります。よく知られているように「国連憲章」の冒頭の一節は"We, the Peoples" で始まります。

 この"We, the Peoples" というのは、明らかにアメリカ合衆国憲法、リンカーン大統領のゲティスバーグ演説の趣旨から発展したものであり、パリ不戦条約の趣旨に沿うものであります。この"We, the Peoples" というとろに、私は深い意味を感じるのであります。

 国連は、185の国々の代表(1999年当時の情報)によって構成され、会議が行われ、ものごとが決定されていきます。そのために、国連というのは政府だけで出来ているように見えるのですが、国連は政府代表が投票すると同時にIntergovernmental Organization, つまりIMFとか世界銀行とか、ILOとか、各国の各省がこの国連の中でチームを作って活躍しているのです。あたかも、世界政府の中の省のごときものが、すでに存在し、国際協調の中で、各国政府の権限を侵害しない形で活動しているわけです。特にILO機関は、各国の労働・福祉水準の目覚ましい引き上げを行ったため、「ノーベル平和賞」を2回授与されています。

 また、それと同時に、NGO(非政府組織)が発言権を持つことができる規定になっております。このNGOというのは、"Nongovernmental"(非政府)という名のため、軽視されがちでした。ところが最近になって、NGOの存在こそが「国連の良心」とまで言われるような活動を示すようになりました。

 たとえば、リオ・デ・ジャネイロでの「世界環境会議」における決議のことごとくは、NGO活動の影響で出来たとさえ言われています。当初、各国政府が、環境基準を厳密にすればするほど、自国の経済的発展が思わしくないという逡巡から、極めて否定的であったのに対して、世界中から集まったNGOは猛烈に運動を起こしまして、リオ・デ・ジャネイロにおける環境宣言を作り上げるのに貢献しました。

 今日では「人類的立場」に立つのか、「政府的立場」に立つのか、これが最大の課題なのであります。

 実際、核兵器は要るのか、要らないのかという大問題で、人類的立場に立てば、核兵器は要らないに決まっているのであります。しかし国家的立場に立てば立つほど、核兵器による「力の均衡」ということを考慮しなければならなくなります。ここに「国益」と「人類益」とが、鋭い対立をするようになり、21世紀の扉を正しく開くか否かは、人類益の扉を開くかどうかにある、とまで言われるようになったのであります。「国連憲章」は、ここにおいても見事にその答えを明示しており、"We, the Peoples"というのは、"We, the Nations" や"We, the Governments" ではなく、「世界の人民」に主力を置いて、その人民の平和と幸せと繁栄の立場に立つことを明らかにしています。「国連憲章」の精神はまさにその第一行にあるといっても過言ではないというのが、私の考えです。

 我々は「国連憲章や国連機構は改革をする必要がない」といっているのではありません。「国連憲章」の具体的な条文は今後も発展しなければなりません。国連の機構は、ますます改良されてしかるべきだと思います。それと同時に「国連憲章」の基本精神は、すなわち「地球人類の全てに幸せと平和を与えるという精神」であると、私は理解するのですが、その立場で我々は運動を進めてゆくのが正しいと思うのであります。

 また同時に、我々が忘れてならないのは、各国の利害を無視して運動することは空理空論であるということです。各国政府、各国民族、各地域の人々の持つ、長年にわたる歴史とその環境ということを考えれば考えるほど、我々はその利害や主張を調整しつつ、穏やかに発展させていくという原則を持たなければなりません。

 我々が "We, the Peoples" という以上は、我々は一国のみの幸せを願うわけにはいかないのです。すべての人々の幸せを願う以上、我々は世界と「対話」し、そして「漸進的な改革」によって、ものごとを解決しようとする考え方を、世界に広めてゆかねばならないのであります。これは、人類全体の幸せを視野に入れた「新しい地球民族主義」、すなわち「地球市民主義」の創成を意味するでしょう。

2 OBJECTIVES FOR THE PEOPLES

 第2番目は「目的」です。我々は、国連のプロジェクトのサポートを通じ、人類全体の平和と幸福のために奉仕することを目的としたいと思います。

 これは、あまりに大きなテーマがあり、一財団の目的とするには過大だとの評がありますが、この方向性を持つからこそ、私たちは理想的な財団としての立場を堅持しうるのだと思います。

 言い換えますと、国連支援交流財団は「人類を支援するために交流する財団」としての目的を持っていると言えましょう。人間の創出した機構「国連」のプロジェクトを推進することによって、究極の目的である「人類の幸せ」を創出するということに焦点を合わせておかなければなりません。

 ある会社の社長さんが「国連をサポートするなんて、それは政府の役目であって、民間人の役目ではないだろう。我々は、そんなことする必要はない」と言ったことがあります。私は、これもまた私たちが乗り越えなければならない考え方のひとつではないかと思います。政府のみが国連をサポートするのでは、国連はやってゆけないと、50数年前、国連創立のとき各国は合意したのです。

 要するに、政府の限界を乗り越えて、我々NGOが、地球上のいろいろな人種が、さまざまな人民が、各々努力するという方向にゆかなければ、国連の未来も開けないし、地球の新しい未来は開けないのではないかと考えるのであります。

 すでにNGOの働きが、どれほど大きかったか、これは地雷禁止条約にしても、ILO条約群にしても、世界の常識になってきたのです。平和学者のヨハン・ガルトゥング博士によれば「IPO(International Peoples' Organization)、すなわちNGOがリードし、政府が従う」時代が来たのです。それを果たすのが、我々の目的なのです。

平和学の父 ヨハン・ガルドゥング博士

3 RULE OF AID AND SUPPORT

 第3番目の"Rule of Aid and Support"とは、自立、自律、自強(自助)の原則です。

 カンボジアの支援におきまして、我々の基金は目覚ましい成果をあげました。新しい学校を12校舎建てたのは、我々だけであります。(1999年当時)そしてまた、お金を公正に使い、賄賂を出すとか横領されるということがなかったのも、よい成果でした。担当された方々のご苦労は大変なものでした。

 また、我々はカンボジアにおいて、たくさんの義足を作りました。今までに約4000本の義足を作りました。これは差し上げたのですが、およそカンボジア全体の大半の義足は我々が作ったのであり、その成果と認識があったからこそ学校の建設も他の仕事もスムースに行われたのです。この目覚ましい仕事を達成するにつけては、友情と信用の創出こそが、鍵であったと言えるでしょう。

 また一方では、やってみて深刻な事態を理解するようになりました。それは何故か。地雷を「世界中の国々の政府の黙認のもと」製造して、輸出して、輸入して、使って、殺して、ということを続けている。そして、その被害者のカンボジア人を我々は助けるというのでは話が違うのではないか、と私たちは思うようになったのであります。

 そこで1995年9月の「北京女性会議」のとき、事務局長のG.モンゲラー女史に対して、わが財団の女性の皆様(L21メンバー)が手紙をFAXで送り、交渉を致しました。その結果、私たちだけの努力の結果ではありませんが、総合的な働きかけが実り、「北京女性会議」で採択された「行動綱領」には、地雷禁止に関する提言が6項目にわたって記されています。その後、外務省からの知らせによりますと、確かジュネーブで各国政府が地雷禁止の交渉を行った第1回目のとき、小和田国連大使(当時)の演説された原稿の基礎には、わが財団が提出した決議案が用いられていることを、わざわざ知らせていただいたのであります。

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「1995年 北京女性会議にて FSUNの女性代表」

 このように女性会議で、地雷禁止の提言をすることができました。全世界の地雷禁止キャンペーン・グループの先頭として行動できたことは、何にもまして嬉しいことです。

 こうした経験を通して、我々は、援助にあたっては、物だけ援助するのではなく、人々の苦境の後ろにある苦の根源を取り除くために、生活的にも、政治的にも戦わなければならないと理解したのです。普段は、そんなことは国会議員だって難しい、政府だって難しいのに、「やろうと思えば、やる道がたまにはあるのだな、これはいい」というふうに、感じが変わってき始めたのです。

 私個人は大震災の神戸で、皆様方の援助をいただく立場にもなりました。そこで援助される側から見るとわかるのですが、援助にまつわる問題の難しさを痛感したのであります。それはたとえば援助漬けになってしまい、気力がなくなったり、そしてタカるような気分が出てしまったりしたら、失敗であるということを深刻に感じさせていただいた一人であるということです。

 実際、援助する側は気分が良くても、援助を受ける側は、受ける必要のないものを押し付けられるケースがたくさんありました。また職がない、家がない、友人との付き合いが切れたというような苦しみに対しては、一人ずつケース・バイ・ケースで対応しなくてはならないことばかりで、単に物資を大量に援助することは適切な対応にならないことがあるということです。

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 カンボジアにおいて、私たちは最近、学校の建設にブレーキをかけております。その理由は何かと申しますと、建設に関してカンボジア政府の教育の担当者に聞きましたら、「小学校は3500校建ててもらいたい」とおっしゃるのです。「大いに期待しています」と言うのです。「政府の文部省予算に学校建設がいくらあるんですか」と聞きましたら、「ゼロだ」と言われたのです。「外国が援助してくれるのを待っております」と、こうおっしゃるんです。

 私たち日本人は「節約しても学校は自分で作る」という気概、精神があります。その精神を、どうして輸出できなかったのか。「しくじった!」と思いました。12校作っている間に、何回も話したつもりでした。晴れやかな、そして美しい贈呈式は行われました。しかし、山本有三の有名な『米百俵』という戯曲にある精神を伝えられなかったことを残念に思いました。

 物質的な援助がなしえることには限界があることを、私は自分が体験して判りました。これからは、「自分に克つ」「自分が頑張る」という被援助者の心を育てるように援助をしなければなりません。この精神的な側面を、こちらが思慮することなく物をばらまくのは、いけないのではないか。わが財団のメンバーは、もうそこまで目覚めてまいりました。

 そして、次の段階はどうしなければならないでしょうか。たしかに、神戸の災害のように家も潰れた、飯も食えない、ガスもない、電気もない、水道もないとき、それは、おにぎりにしろ、水にしろ、即時に持ってきていただくのはありがたいものです。しかし、「即時の援助」と「恒常的な援助」とは、レベルが違う、と私は痛感したのです。

 この意味で、「相手の顔を見ないでやる援助は恐ろしい」と言った人がいます。相手の顔がわかれば、何を必要としているのか、どうしてほしいのか、どうしたら立ち上がれるのか判るのに、会話なしに、コンピューターで按配し、物をトラックで怒涛のように輸送してきて、配ってやるといった援助はおおむねしくじることを私たち神戸人は、骨身にしみました。そうです、ケース・バイ・ケース、ワン・バイ・ワン。人助けには、人による細かな対応が必要なのです。

 援助の原則としては、援助する方も、される方も、できるかぎり「互いに」自立しなくてはなりません。自立の精神、自らをコントロールする行動、そして究極的には自助の活動が、基本的に大切です。自らが学び、自らが苦心し、自らが工夫し、自らを強めることの重要さに、もっと注意が向けられるべきでしょう。

4 MUTUAL RESPECT

 第4番目に確立したい原則は、互いに尊敬することです。

 私たち同志は、慈悲と愛の活動のため、世界の異なった地域から集まってまいりました。この財団では、各人の信条、宗教が違います。人種が違い、男女の違いがあり、職業が違い、門地が違って、学歴が違い、経験が違います。そして支持する政党も違います。相当にバラバラです。

 それでいて人々が団結する道があります。うまくいった時を今、思い出してみると、そこには必ず実行された原則がありました。それは、お互いに良い点を尊重し、学び合った時です。「あなたは素晴らしいことをおやりですね」「あなたのお人柄に敬服します」という時は、うまくいきます。では、相手の短所や失敗を見かねる時は、どうするか。その場合は、暖かく助言し、補い合う関係を維持し、その助言が感謝される時は、スムースにいきます。これは個人でも集団でも同じです。

 その反対は、横柄な権威主義です。問答無用とか、金力・権力・地位にまかせて押し通すようなやり方は、我々にはふさわしくありません。相互の尊敬と対話は、スピードは遅くとも、納得と合意を生みます。これは東洋流の進め方です。

 来る21世紀の動向は地球人類が形成しなければならないとしたら、相互の長所を学び、短所は助言や適切な方法によって補い合ってゆかねばなりません。私たちFSUNの同士は、これを実行し、お互いの尊敬原則を確立してまいりましょう。

 多くの組織が、相互の誹謗、中傷の囁きや、陰口で潰れていく世界の中で、わが財団が団結するなかで強まるならば、新しい世紀のための理想でありましょう。また我々が国連を支援し、国際支援の推進を志す以上、この原則を確立することが、基礎的な必要条件であるゆえに、ここに私はこのように記しました。

5 HUMAN RIGHTS

 第5番目は、人権を正しく尊重しなければならないという、至上の原則に関わることです。この原則の至上性に、心ある人々は異論をはさむことはありますまい。なぜなら、過ぎゆく20世紀を「戦争の世紀」つまり「人類が余りにも相互に殺し合った世紀」とみる者は、21世紀こそ互いの生命を尊重する世紀、共生が絶対の秩序たるべき世紀へと転換し、互いの良識良心を最大限に尊重する世紀にしたいと念願しているからであります。

 しかし、人権とは何か。これについては、いまだに確固たる合意は得られていません。理念や議論が展開されねばならないのであります。このことは、米国と中国の関係で、人権について多くの対立点があることをみても、明らかです。私から、あえて直感的に申し上げれば、人権の正しい尊重こそ人類の共生という理念の基盤であり、根本的に人類の生命の尊厳を守る哲学的な安全基盤であると存じます。

 その意味では、あらゆる人間の活動や文化は、生命・共生を尊重する哲学によって反省されなければなりません。いかなる政治・経済・教育・宗教・哲学であろうと、それが共生を無視し、生命を尊重しないものであるなら、それは根本的に改良されなければなりません。

 私たちは、この基本的な、大きな課題に対して果敢に取り組み、研究し、調査し、英知を集め、人権尊重の世紀を形成するために努力してまいりましょう。

6 CULTURAL RIGHTS

 第6番目は、文化的権利、すなわち土着文化に根ざした民族と、その構成員の権利に関わることです。具体的には、その文化や習慣を持ち、守り、伝える権利です。

 これらの権利は、個人や他の団体の権利を侵害しない限りにおいて擁護されなければなりません。ということは、個人は自らの意志に反して特定の文化グループに所属しなければならないというのではありませんが、個人が望む限りは、そのグループにとどまる権利を剥奪されるべきではないということです。個人の多くは土着の文化グループに所属することによって、そのグループの他の個人と同様、人間にとって必要な自身のルーツを知り、そのアイデンティティに自信を得ることができます。これは、それぞれの文化グループがメンバー共同の運命を決める権利、生存を求める権利、保護の方途を追及する権利を持ってこそ、可能になります。

 世界の多様な文化・言語・世界観には、土着の文化グループが培った、よりよい人類の生存・発展・福祉のための英知が結集しています。その多くは、何千年もの時を経て、蓄積され、発展を遂げた知恵の結晶です。たとえば、医療の術としての鍼灸、政治上の連邦制度、宗教上の三位一体論などは、そのような文化グループによって工夫され、保存されてきましたが、人類全体にとっても貢献することができます。ゆえに、文化的権利の確保は、すべての土着文化グループにとって絶対に不可欠であり、全人類にとっても利益となります。

 ところが、残念なことに今日では少数民族が、危機にさらされています。現代の世界の主なる特徴は、それらの民族にとっては破壊性です。あからさまな殺戮行為ではないにしても、文明開化、生活水準の向上、民主主義、より高等な信仰、資本主義化などという大義名分のもとに、経済的に恵まれない弱小グループを抹殺することを正当化するのは、アグレッシブな強大勢力にとっては容易なことです。このような文化的侵略行為に対して、東アフリカのマサイ族のように屈服しない民族がある一方、経済力のある文化圏の近代的要素を受け入れようとしている民族もあります。しかし、後者の民族は異文化を受け入れつつも、消えつつある独自の価値を守ろうとしています。

 現代の状況には、それぞれの文化グループが各自の将来を決めうる、健全で調和のとれた国際社会がなくてはなりません。ヨーロッパの福祉制度から学んだことがあるとすれば、それは以下のことでありましょう。

 第1に、個人の多くは、文化グループに根ざす必要があること。第2に、EUのような国際共同体を形成するのに必要な公開性と寛容の精神の前に、安全な土地の確保が必要です。そして第3に、そのような共同体をつくるには、経済の繁栄が、もっとも強力な、おそらく唯一の動機であること。

 インドのノーベル賞受賞者である詩人、ラビンドラナート・タゴール氏は、我々の宿命について、次のような名言を述べています。「我々は、異文化を排除しようとしているときではなく、共に生きようとしているときにのみ、平和を享受できる」と。

 ここにおいて私たちの主要な課題は、すべての人々がアイデンティティに自信を持ち、安全に暮らせる社会の確保される世界秩序を打ち立てることでありましょう。地球上の全人類がお互いに平和に暮らせるためには、社会開発は、いかなる脅威や、不安や、不利の要素もない道を切り拓かねばなりません。